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2007年05月25日

ニュートンって実はこんな人だった!

紳士的であり狡猾な、あらゆることに手を出したニュートン

ニュートンといえば、りんごが木から地面に落下するのを見て発見したという万有引力の法則が有名でしょうか?実はこのエピソードは定かではないとされています。好奇心の強いニュートンは庭のりんごの木で重力を思いついたのではないかという見解や、主治医とりんごの木の下での談話で「今の状態は重力を思いついたときに似ている」と言ったそうで、そこからきているともされています。

さて、ニュートンはどんな人物だったのでしょうか?

年号 歳 出来事
1643 0 中規模の農業を営む農家に生まれる
1661 18 ケンブリッジ大学入学
1665 22 ケンブリッジ大学卒業
二項定理発見
万有引力、光の分解の発想
1666 23 微分積分法の発想
1668 25 自分で彫金をして反射望遠鏡を作る
1699 56 造幣局長官に就任
1703 60 王立協会会長に就任
1727 84 逝去


ニュートンは数学・天文学・力学などで活躍をしていました。
ニュートンは大人しい性格で、また常に何事にも好奇心を持つ人でした。あらゆる分野をほぼ並行的に研究し、その域は理系や文系の分野の区別なく行っていたそうです。
40歳を過ぎてからは、20代にはもう行っていた、聖書・年代記・錬金術などの研究を主としていたそうです。
ニュートンの錬金術は魔術的だったとも言われており、造幣局にいた頃はその研究については隠していたそうです。

しかし、大人しい性格の反面、造幣局長官時代には悪質な貨幣製造をしていた者達を死刑にしたり、王立協会会長時代には生前のフックへの積年の恨みを発散させ、王立協会において、フックの肖像画、論文および原稿、名簿の名前など過去のフックの存在を全て撤去、焼却などして抹殺するなど、狡猾でしつこい面もあったようです。
フックとの確執は、万有引力の選手権論争に始まり、王立協会会長就任以前では緻密な論理で数学的才能のあるニュートンに対し、発想力に長けたフックはそのコンプレックスもあってか、ニュートンの学会活動を妨害したり、会うたびに辛くあたったりしていたそうです。

また、彼は相当なメモ魔であり、中でもニュートンの家計簿には、どんな出費も全て詳細に書かれており、その性格や生活ぶりがありありと記されているといいます。
たとえば、自宅からの仕送りは1年にわずか10ポンドで、故郷に帰らせようとされていましたが、彼は奨学金をもらっていたため、帰りませんでした。
また、その仕送りの話を不憫に思った人達から援助金をもらっていましたが、彼らには奨学生であることは告げておらず、余裕のある金銭生活の中で、友達にお金を貸したり、メイドを雇ったりしていたそうです。
さらに出費の中で、6ペンスの交替代というのがあり、これは上流階級の子息などが座る席と変わってもらい、自分も上流階級社会に仲間入りをしようとしたためだと言われています。

あまりに集中力がありすぎ、所構わず別世界へ行ける彼の長所でもあり短所は、 懐中時計を間違えて煮てしまい、助手に指摘されるまでずっとそのままだったというエピソードがあります。


このネタは、自分の古いサイトからひっぱってきました。
http://suugakuiori.fc2web.com/frame.html
posted by tekketeke at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 実はこんな人だった!偉人伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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